江上空手道の構成


  江上空手道の構成は、沿革に述べたように義珍先生の空手術と井上先生の平法親和体道と江上先生の目指された『至上最高』である『道』とによって構成されています。

  これらを大きく三つに分けて江上空手道の構成を明らかにすると次のようになります。


空手道にはたくさんの
技術があります。空手道
の稽古はまずこれを知り
学ぶことから始まります。
聞いて知り、読んで知り、
見て知って、それを真似
することから始まります。
知っただけでは、技や術が
できることにはなりません。
できるようになり、使える
ようになるには、繰り返し
繰り返し稽古する必要が
ありますが、むやみに自己流
でやっても、なかなか本当に
使えるようになりません。

山登りにたとえるならば、
一つ一つの山の山頂が技の
本質です。
技を教わると共に正しい使用法
として練習法を習わなければ
大変遠回りになり、いつまで
たっても、それを身につけることが
できません。

山登りにたとえるならば、
練習方法、稽古法は山頂
までの登山道です。
先人の示すとおり、この道を
行けば必ず山頂に到達する
ような道筋が法です。

つまり、一つの技の山頂を
極める為の道筋が法です。
山登りにたとえるならば、
ひとたび山頂に到達して
みれば、必ずしも登ってきた
道筋でなくても、いろんな
道筋があることがわかります。
それらを全て受け入れていく
ことによって山全体を身体
でまるごと知ることができ、
その全てに共通した形のない
ものが『道』ということに
なります。

そのたくさんの道筋に共通な
無形のものが『道』ということ
になります。


 一つの技の山頂を極める修業をすることを通じて体得しようとしている『道』とは、
この宇宙の全てに共通の『道』であり、必ずしもその山を登らなければ得られないもの
ではありません。平地を普通に歩いて行くときにも常に『道』はかかわっています。


 私達は道の真っただ中で普通に生活しているのですから、日常の生活を素直に受け入れて、
又、日常の中に稽古を持ち込んでさえすれば、毎日毎日が『道』の体得の日々の積み重ね
となり、いつの間にか自分の身体が『道』を体得し『道』を感じ,、その『道』に同化する
ことも自然に出来るようになります。


 私達が皆、普通に日常の生活の中で『道』にかなっていると感じている自然なものは
空手道の『道』と一致するものであり、技の稽古で日常の自然な『道』と一致しないものは
正しい技の使用法ではないし、正しい稽古法ではないのです。


※挿絵「廓庵和尚十牛図」より
直線上に配置


参考資料として、空手道の体系を比較した図を以下に記す。

空手道体系比較図