遊天会への沿革


  『空手道』は、船越義珍先生が打ち立てられたもので、その沿革として義珍先生の空手道教範には、要約すると『唐手は、インドの僧ダルマ大師が中国に伝えた易筋経が琉球に伝わり、工夫、研鑽を重ねる中で沖縄独自のカラテとして発達したもので、それを術から道の域に高め「空」の思想を入れて唐手術から空手道へと改めた。』と述べられてお ります。  



  その空手道を、江上茂先生が義珍先生の御指導のもと、研鑽を積まれていく中で、井上先生の親和体道に出合うことによって目を開かれ、模索と修業の末、空手道の目指すべき方向と方法と術とを明らかにされたものが江上空手道です。
 


  江上先生の空手道は、海外においても『ショートー会』とか『江上カラテ』とか『江上先生の稽古』とかいった具合に呼 ばれ、一つの道としての特徴が立派に確立されています。  

  それは、力を抜くこと、徹底して弱くなること、仲良くすること、それでいて本当にきくこと等を求め続けた江上先生の指し示した方向と方法と技が、江上先生が著された『空手道専門家に贈る』と『空手道入門』に余すところなく述べられ おります。  

  義珍先生のあとを継いで、江上先生は松濤館を再建して、本部道場として松濤会空手道の名の下に、ご自身の確立された空手道を指導され、普及、発展に努められておられましたが、昭和56年68才でお亡くなられました。  

  その後は、たくさんの江上先生の御指導を受けた者がそれぞれに先生の本を教範として、道の継承と自身の修業を互いの連携を取りながら我流にならないよう交流を続ける中で、今日まで16年の歳月を懸命に稽古を続けておりま す。  

  しかしながら、松涛会の中には義珍先生の空手道のままに稽古をしようという人達と、我々のように江上先生の新しく示された方向に純粋に向かって進みたいという人達があり、我々は自ずと別れて稽古をするべき時が来たという判断に立ち、ここに志を同じくする者が相集い『日本空手道遊天会』を独立した一つの「道」として確立するに到りました。 (平成8年)

  『日本空手道遊天会』として確立するからには、この機会にその目的と技と稽古法を明確にして打ち出すべきであるとの考えのもとに、それらの骨子をここに明らかにすることに致します。
 
  この「道」が完成されたと言えるかどうかは、この『江上空手道』を学んだ人々が今後、人間社会の中で人間として正 しく生きてくれることによって証明されることを確信しています。



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