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これから稽古を始める人へ


年が変わったと思ったら、もう三月、春です。若者は何となく心がはずんで、走り出したいような気分になる。旺んな生命の燃焼があるからでしょう。学生諸君であれば、入学早々先輩学生の勧誘によってか、或いは積極的に入学を機にということで入部し、社会人であれば、フと電車の窓から道場の看板が目に入ったり、ソゾロ歩きに道場の所在を知ったり、友人に聞いたりして、何となく道場を訪れる。動機としては、全く単純なであるかも知れません。兎に角強くなりたい、肉体的にも精神的にも。或いは、最近のブームに乗せられて何となくやってみよう。そんなことかもしれません。
健康保持、増進の為、或いは美容体操として、或いは又精神修養にと、いろいろ言ってもやはり動機は単純でありもしょう。それでよいのです。それでも、入門入部となれば、何となく心の緊張はさけられないでしょう。今や何処へ行っても道場はあるし、テレビにも雑誌にも漫画にも取り上げられている時代です。そんなことで、何となく知っているような気分でいても、初めはやはり緊張するものです。言うなれば未知の世界に踏み込む訳ですから、当然のことでしょう。何かを知りたいという思いがあれば、誰でも初めはいささか緊張があり、而も謙虚で素直に対処するものでしょう。

少しばかり馴れて来ると、万事呑み込み顔になり、自己流に解釈し、全てわかったような気になったり、日々の稽古が単調で馬鹿々々しくなったりするというのも、これ又致し方のないところでしょう。稽古の目的、効果など、永い間の稽古を通して、自分で掴むものであり、誰もが同じとは言えますまい。ただ只管に稽古に励んでいれば、自らわかってくるものです。 
稽古自体、初めは真似をすることであり、稽古を重ねていくうちに段々会得し、自分のものとして身についていくものなんです。やってみればわかることですが、初めは自分の身体が自分の思うように動いてくれないのです。もどかしく腹立たしい位そうなんです。少しずづ動くようになり、段々よく動くようになり、そして終わりに、相手に応じて、自然に動くようになる。そんなものです。そこに心と体の問題が出て来るのです。素直に先輩の言を信じ、行動を真似て、自分なりに会得するように励んで欲しいものです。
稽古は、人と人とのかかわり合いを通して、本当の自分を知ることであり、而も自己の可能性を知って向上発展し、人生を豊かにするものであろうと思います。「空手道」それは実にすばらしいものです。
深遠玄妙、尽きない内容をもっているものです。掘り起こすのは、自分自身です。自ら掴とっていくのです。何処までいっても、これでよいということ はない筈です。「初心忘るべからず」という言葉もあります。常にマジメに真剣に、謙虚に素直に、稽古は一生のことであると思って、効を焦らずに元気に続けて欲しいものです。

最高師範 江上茂
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